ITSのある生活(No.2)
これまでの経緯/日本・中国・欧米における交通工学の認識の違い

○岡本
 私も実は文系なんです。文学部で地理学を専攻したのですが、地理学というのは割とぬえのようで、こっちに行ったら文系の顔をして、こっちでは理系というような顔をしています。もともと空間認知の問題を、日常的な移動活動みたいなことと絡めて研究してきた関係上、パーソントリップ調査を使わせていただく機会が多くて、交通の方にも関心を持つようになりました。

 その関係もあって、2年ほど前に、ある地理関係の学会で情報化が生活や交通にどういう影響を与えるかについて話すことになり、付け焼き刃でITSについて少し勉強したという−−勉強というよりは、何か知識を仕入れたということぐらいです。

 2年ぶりなものですから、実は大阪で先月末からITSショーというのをやっていたので、ITSの世界も日進月歩ですから、ひょっとして変わっているんじゃないかなと思って、ちょっと1日見に行ったんですけれども、そんなに……。(笑)

 要するに、基本的なITSのコンセプトは変わっていない。例えばETCが時速何十kmで走っている車を捕捉できるか、というような技術的な面は相当進歩しているみたいだけれども、社会との接点という意味ではそれほど変化していない。ただ、いわゆる歩行者ITSというのが出てきていたということは新しい問題かなと思います。

 私、最近、空間認知の問題で心理学の人たちと共同研究をやっていまして、広義のハンディキャップ集団、障害者だけでなく外国人とか子供とか、交通の分野では移動制約者と呼ばれている人たちだと思いますけれども、そういう人たちのナビゲーションの問題をやっているものですから、歩行者ITSにすごく関心があって、大阪の方のショーでもそれを中心に見てきたんですが、これは車とは話がかなり違うような気がしております。その話はまた後でできたらいいんじゃないかなと思います。

 それで、一番最初に赤羽先生が言われたことについても何か言うんですか。


○赤羽委員長
 どうぞ。


○岡本
 少し前になりますが、「都市計画」という雑誌で、日本の道路政策の背後にある価値観が、戦後10年単位ぐらいで変わってきたという文章を読んだことがあります。

 例えば、昭和30年代には、高度経済成長を支えるために交通を円滑化することが最優先で、歩行者専用道路など問題外だったのが、40年代になると、交通事故の多発のために、歩車分離の考え方が入ってくる。

 ここでの価値観は、常識という言葉に置き換えても良いと思うのですが、昭和30年代の常識は、今では非常識ですが、当時の交通政策なり交通研究なりは、その常識の枠内で行われ、その価値観自体に異を唱える意見は非常識扱いにされてしまったのではないかと思います。かつてはそれでも良かった。

 なぜなら、たとえ価値観が10年単位で変化するにしても、世間一般で通用する常識の変化ですから、それに追随していれば良かったわけです。しかし、ここに来てだいぶ様子が変わってきた。一つには、変化のスピードが大変早くなったこと、そして、同じことですが、価値観が変化ではなく多様化してきたことです。
そのため、研究を支えている価値観、さらには常識が見えにくくなってきました。交通計画学も困難な時代に入ったのではないかと思います。実は、この価値観の多様化という問題が、今後、ITSにかなり関係してくるんじゃないかと思っています。

 私、去年と今年、中国に調査で出かけました。中国はまさしく日本の高度経済成長期みたいで道路建設がすさまじく行われているんですが、歩車分離の道路も歩行者用信号も非常に少ない。北京などはましですが。地方都市に行くと、東北の長春で見かけたんですが、歩行者用信号があっても、青の表示が人の走っている動きで点滅するんですね。もう「早く渡れ」という感じで……。歩行者は物流のためには邪魔だという価値観が現れている。

 でも、そういう段階は日本にもあったわけです。それに比べるとヨーロッパなんかは、ある意味で随分早く成熟化して、交通関連の学問にもそれが表れていると感じます。

 私の分野で時間地理学というのがあるんですけれども、これは1960年代後半に、スウェーデンで始められました。この時期、スウェーデンでは全体的な所得の向上はすでに達成されていて、次に問題となったのは、それぞれ異なる状況におかれていて多様なニーズのある人たちをどうやってケアしていくかということで、そういった課題に応えるために時間地理学が始められ、交通工学にも影響を与えました。

 そういう伝統があるから、交通のことをやっている人たちも、単なる人口の増加とかGDPというようなマクロなデータによる交通需要の予測ではなくて、様々な状況にある人々それぞれの生活の質の向上というものに関心があって、例えば、オックスフォード大学の交通研究所などで、アクティビティ・スタディーズが比較的早くからやられてきたのだと思います。その点、日本では随分後で関心が持たれるようになったんじゃないか。

 そういうところが、恐らく日本で交通工学という分野が余り認知されていなくて、基本的には土木と見られている1つの原因じゃないかと思っております。


○赤羽委員長
 ありがとうございました。長谷川さん、お願いします。


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